生きる為に与えられた “仕事” に、疑問を抱くことはー… 罪なのか?


























それは一体、誰から与えられー…




















何の為にするのか?























生きるため…?























生きる為に、その “仕事” をする…?
































与えられたのは、 “仕事” では無く…











その “仕事” をして、生き延びていくための…























“命” …























“命” を与えられた…







































それは一体、誰から与えられー…























“誰” の為にー…























何の為にー…?























与えられたものに…























疑問を抱くことはー…























昼の月
Goodbye Sun in the Milk City

feat.EBB









































ヌーガは怒鳴り声を上げた。

「ここ以外で、仕事があるなら、好きにやってごらんよ!」



最近は、分かっていた事が、よく分からない…


“責任の無い愛” ー…


そんなもので満たされた空間に、浸かっている。

その代償として稼いだ金は、何一つ、現状を満たしてはくれなかった。



それは “愛” ではなく、ただの“欲”だから…


欲に、 “果て” はないー…



いつもより少ない稼ぎを睨み、引ったくるようにして奪ったヌーガは、奥の錆び付いた棚を開く。

半分ほどに減った小瓶の中身から、小さな二本のカプセルを摘むと机に放った。


「言い訳なんて聞きたくないよ。 あの子にも、そう言ってお行き!」



机に転がった二本を受け取ると、すぐに部屋へと引き返す。


安い報酬に不平を言わなかったのは、思いもよらぬ外出の許可を得たからだった。

スーが、ベッド以外で生活できなくなってから、無断外出は控えている。

自分がいなければ、その代償はスーが払うことになる…






スーは最近、月の話ばかりする…

「どうして太陽が昇っている時は、月は見えなくなるのかな…」



理由なんか知らない。



自分が住んでいる惑星が宇宙を回転する動きによって、影になる部分が夜なのだー、と…

では、ここが暗い夜に沈んでいる時に、眩い朝を迎えている場所もあるのか…?



そんな話をしていた時から、2ケ月も経っていた。


音沙汰も無いアイツー…

今、どこにいるのだろう。



分かっていることなんか、一つもない…



そんな言葉を、熱い瞳で語ったアイツは、この2ケ月現れなかった。




街の治安は悪くなる一方で…

夕暮れの空に鳴り響くサイレンも、今は聞きなれた日常の騒音だ。


スーは、そんなサイレンを聞くたび調子を崩す。

…なのに、「窓を開ける」−と、言ってきかない。



沈む太陽を遮るように、何本もの鉄骨の影が上から下へと通り過ぎていくー…

規則正しいエレベーターの振動が、昨日と同じ “日常” の終わりを告げている。

それは、明日も同じ… 果てしない “日常” の始まり…


身体は重力に逆らい昇っているのに、心は空が近くなればなるほど堕ちていくようだった。





ここが夜になれば、きっとどこかが朝を迎える。




握りしめた拳の中に、二本の小さなカプセルが刺さった。












鳴り響くサイレンの中を、青年が歩いている。


襟元を深くし、薄い干草のような髪が背中まで伸びていた。

すぐに貧困層だと分かる格好だが、足早に歩く姿は、どこか力強く意志を持っている。

鳴り止まぬサイレンに、人々は下を向き遠ざかるように歩いていく。

そんな流れに逆らって、青年は薄暗い路地を曲がると、明々と電飾された駅へと向かった。


その駅の電車は、 “夕方から深夜” 行き先が変わる。


いつもの二倍の金額入れ「成人表示」のIDをかざすと、券売機は高層建ての娯楽施設へのチケットを吐き出す。

実際、青年の齢は、それに少し足りない。

使用履歴が残ったカードは、紙袋に入れてゴミ処理ロボットへ渡した。

駅の管理コンピューターから居場所がバレるのも時間の問題だ。

互いに顔を逸らすように座る男たちを避け、青年は戸口に立つ。


2ケ月前より、客は減っていた。












エレベーターは、27階を通りすぎ、最上階の48階へと着く。

誰も使用しないハズの階まで、エレベーターは作動する。

街の中心にありながら、機械より人間が多いこの建物の管理コンピューターには、それはさほど問題ではなかった。

しかし、融通の利くコンピューターの管理は、多くの埃を許し、建物の老朽化を促している。


紙くずと埃が舞っていた。

夕暮れの高層の風が、通路を抜ける。

いつものように、スーが窓を開けている事がわかった。


「夜は冷えるから、閉めましょうって言ったじゃない…」

出来るだけ、やんわりとたしなめつつ、窓を閉めに向かう。


オレンジから紫に変わる空が見えた。


「だって、月が綺麗だったんだもの…」

言われて見れば、微かに白く浮かぶ上弦の月が夕暮れの空に浮かんでいる。


さっきまで、ずっと空を見ていたのに…


「気付かなかった…?」

か細く笑ったスーは、そのまま軽く咳き込んだ。


「食べてないの?」

ベッドに腰を降ろすと、重さの無いスーが浮く。

机の上に残された栄養剤のチューブは、朝と変わらない位地だった。


「ジジを待ってた。」


言い訳をして笑うスーは、どこか母親の面影が残る。


「食べなきゃ、死んじゃうでしょ…」



さすった肩は、骨のようで…



ヌーガから受け取ったカプセルは、そのままポケットに沈める。




自分の生まれ育った部屋は、母親が死んでからもそのままで…

幼い記憶に、清掃用ロボットが母の遺体を回収するのをスーと身を寄せて見送った。


その時に見た母親の白い腕。


あの時も、よく晴れた夕暮れだった。



ここはいつでも、陽が沈んで行く気がする。



西陽の中、今よりもずっと太かったスーの手を引き、人目を避けながら、誰も来ない場所を探していた時…


アイツと出会った。




蒸し暑い夕暮れだった。












街中に張り巡らされた暗視モニターを避けるため、重要な “会議” はいつもその娯楽施設で行われる。

深すぎて街頭の灯りも届かぬ “欲望” の街。

48階建ての中心館の周りには、所狭しと簡易通路が張り巡らされ、違法な店が立ち並んでいた。


青年は、いつの頃からか、そこへ出入りするようになる。


青年の家は貧しかったが、両親はまともな仕事に就いていた。


同じ事の繰り返しに疑問すら抱かず、黙々と日常をこなす人間…


青年はそんなモノになりたくなかった。


そんな両親が、ゴミのように嫌っている人間が住んでいる場所。

そこにいるのは、貧困層の中でも、まともな仕事に就けない奴か、富裕層に取り入った裏切りものだと聞かされている。


それは、両親への反発だったのかもしれない。


しかし、出入りを繰り返すうち、青年はある事に気付く。



ゴミのような人間の集まる、その場所が “存在する理由” ー…



世界を動かしているのは、 “裏切りもせず、まともな仕事に就いてる側の人” ではない気がした。




そして、青年には “そこへ出入りする” もっともな理由が出来る。


それは、ある “会議” に参加することー…。


青年たちは、会議で決まったあれこれを “仕事” としてこなす。



そんな会議を待つ間、他の仲間は、空いた部屋で “そこに住むモノたち” と時間を潰す。

他の仲間たちは、それを期待して “仕事” をしたが、青年は違った。




その日、青年は “会議” に参加が許されなかった。

最近、そういう事が増えている。


隣室で待つ事も許されず、他の仲間と共に、開いている部屋を探すしかなかった。



耳障りな仲間の声を避け、人の少ない通路を進む。

西陽の射す、蒸し暑いゴミ溜め。

小さな手洗い場が目に入り、歪んだ鏡に自分が映った。


こんな場所で生きるくらいなら死んだ方がマシだと青年は思う。


しかし、今や街はどこもかしこも “ここ” と同じになりつつあった。

その事に、下を向く人々は気付いていない…

そして、上ばかり見ている両親や、他の仲間たちもそうだった。


俺は、そうはならない…


その為に、自分は “ここ” に来ているのだ。

青年は、改めて自分に言い聞かせる。


入った時よりも人数が増え、どんどんと中心から遠ざかっていた。

かといって、 “自由に抜けることも出来ない” …


苛立ちと不安…


そんなものが混ざり合った怒りが、身体のあちこちから噴出しそうだった。


もしかすると、この場所へ出入りした自分の選択は間違っていたのではないか…

やはり、下を向き黙々と生きることや、上を目指し、ひたすら頑張ることが、人として“正しい”生き方なのではないか…

本当は、そう思い始めていた…


それすら認めるのが嫌だった…


それとも、自分が評価されないのは、他の仲間のように振舞う事が出来ないからなのか…




汗で湿った干草色の髪をかき上げると、肩越しに人影が通り過ぎる。

通路を覗くと、肩を寄せ合って歩く二人連れが視界に入った。


自分と同じ年頃だろうか…



でも、自分とは違う、 “そこに住むモノ” だった。




弱々しく支えあう姿が、ふいに滑稽になる。



お前たちが苦しむのは、自業自得だ…




「俺は、お前たちとは違う…」



両親よりも遥かに地位のある人間が、綺麗な身なりでここに出入りする姿を何度も見ていた。




俺は客だ。


客で人間。


人間であるが故、時にほんのささいな過ちを起こすこともある。



誰も出来ない大いなる仕事に、日々を追われー…

世界の為に働いて、疲れた身体を、自分で得た金で癒しに来るのだ。



どこかで聞いた言葉だった。



俺たちは悪くない。

悪いのは、そんな俺たちがいなければ、満足なメシにもありつけない…

やる気も無く、自らの世界を変えようともしない…


人の “欲” にたかって生きる社会の足枷…


お前たちは金で買われるモノと同じ。


生きる意味も、プライドも持たずー…

与えられた世界の中で、自分の事だけ考える…

怠惰で、愚かで、目先の事しか興味を持たない、くだらない存在だ。



金を渡せば、何だってー…































本当は、どいつもこいつも…

































利用される側では無い事を、証明したかっただけ…










「確かめてやる…」



何と言ったのか、はっきりとは覚えていない。


廊下に散らばったコインが自分の物じゃないように思えた瞬間ー…

顎に喰らった一発は、西陽の通路を一瞬真っ白くかき消した。



「お前と同じ人間だ。」




声が響いたー…






そんな気がした。












いつしかの見覚えがある清掃ロボットが、壊れた姿で置き去りにされた小部屋を見つける。

埃の溜まった部屋を掃除し、スーを寝かせると、必要な荷物だけを取りに戻った。


小さな窓があるその部屋は、スーと二人で寝起きするには丁度いい広さだった。


建物にあるほとんどの部屋は、鍵がかからない。

でも、客が入り込まないこの場所なら、自分が仕事に出かけても、スーには誰も手を触れさせないことが出来る。



その日、いつものようにヌーガから報酬を受け取り、エレベーターに乗った。

32階で一度降り、安い栄養剤を仕入れたという物売りが滞在する外付けの非常階段へと向かう。


涼しい夕暮れの風。

年老いた物売りの座る非常階段で、スーと自分の分を買った。


細いカプセルも勧められたが、少し迷ってから断わった。

値段は栄養剤の半値だが、これを飲むと、どうも色々な事が分からなくなる気がしていた。

以前は、飲まなければ怖くて仕方なかったが…


今は、ようやく見つけた “小さな幸せ” が、自分の中を満たしている。

空腹も満たすカプセルだが、あの日以来、飲むのは避けた。


カプセルの中身が自分を満たす時…

恐怖と共に、折角、自分を満たしているその “小さな幸せ” までも追い出してしまう事に気付いたからだ。


仕事をしている時も、その幸せは一瞬たりとも失われることはなかった。


時々、不安になる事はあったが…

それを埋める為にカプセルを飲むより、決して全てが埋まらなくとも “消えない幸せ” の方が大切だった。



カプセルの充実感は、すぐに消えてしまう…




“消えない幸せ” の待つ部屋。


外からでも分かりにくい小さな窓は、いつも通りに開いていた。


「閉めろっていったのに…」


そう言いつつも、ほっとした気分でエレベーターへ戻る。



適当な上の階を押し、ドアを閉めた時ー…

閉まる寸前の扉の中に、すり抜けて来た者がいた。


とっさに隅へ背中を押し付け、身構える。



エレベーターの中で、殴られて死んだ子を知っていた。



下を向き息を吐きながら、ソイツは言った。



「すまない!」



謝罪の言葉は、エレベーターに無理やり同乗したことかと思ったが…


ー…どうも違った。




一体どこからか走ってきたのか…


少し乱暴な息遣いを整える。



「探してたんだ…、この一週間…」



それは、どこか見覚えのある…




「探してた…、ずっと…」




聞き覚えのある声で…







青年は俯いていた顔を上げる。








「謝りたかった…」








青年は、干草色の額の髪を手の甲でぬぐった。


汗ばむ顎には、まだ青いアザが残っていた。
























静かな夜だった。


スーに栄養剤を飲ませ寝かせると、ヌーガからコールフォンで呼び出される。


受話器から聞かされた名前に手が震えた。


真夜中の月を横目に、エレベーターで下へ急ぐ。


何度、その名を叫ぼうと思っただろう…


下っていくエレベーターの中で、身体が今にも飛んでいきそうだった。



どうして今まで姿を消していたのか…

スーがどんなに寂しがっていたか…

たくさんの話の続きを、自分がどんなに待ち望んでいたか…

どれだけ探しに行こうと思ったか…


そして、とうとう耐えられず…


今日、外出の許可を得た。



それを得た場所へ元へ辿り着くと、青年が待っていた。



人目を避けるように、通路の奥へ促す青年は一言も話さず…


さっきまでの高揚が、頭上から降りてきた高層の風で冷めていくー…



ヌーガの電話口で怒鳴る声が微かに聞こえる場所で、ようやく青年は振りかえった。


少し痩せたようで、干草の髪も伸びたままー…



「詳しく話してる時間が無い…」


囁くように話す青年は、静かに小さな紙切れを手渡した。



「明日、正午発の列車で行く。 それを逃すともう出られない…」



手渡された紙は、通行証のようなものだろう…



「途中いくつか危険な場所もあるが、走れるなら大丈夫だ。」





握った手を離さない青年は、次の言葉を言うべきか迷っていた。







月が二人を、照らしていた…















「お前だけなら、連れていける…」












欲望に “果て” は無くー…


希望とは何かを知った時、絶望とは何かを知ってしまうのだ…












エレベーターが48階へと身体を運んでいく。


ここで生まれ、ここで育った自分には、ここで生きる以外の術を知らない。


なぜ、客が外からやってくるのかも知らなければ…

なぜ、自分がここで生きているのかも知らない…


どうすれば、外の世界で生きられるのかも…


どうして、世界がこんな場所なのかも…




自分は何も知らなかった…





あの日、彼に会うまでは…












どうしてー…





こんなにも明るい月はー…




太陽というの光の中で、見えなくなってしまうのか…



















手に入れた “小さな幸せ” が、まるで意味のないもののように思えたー…











そう思っている自分が、ひどく汚いものに感じた。

















夜の闇に消えてしまいたいー…



月の灯りも届かない場所に、汚れた自分を隠したい…






いっそ、なにもかもー…










「見えないままなら、よかったのに…」









白い月が、ふいにぼやけた…









闇を照らす月さえ、消えてしまえばいい…

こんな自分を、照らし出したりしないように…







なぜ、あんな事を言ったのか…












答えなど、すぐに出るのに…

















































「時間をちょうだい…」




青年には、その言葉の意味が分かっていた。


二人と出会って数ヶ月…

会議の合間に彼らの部屋を訪れた。


世間の事など何も知らない。

けれど、彼らには “下を向き問題を避けて進む人々” にはない、強さがあった。

“上ばかり見る人” よりも、多くの事を受け入れた。


一を話せば、十を問われた。


“何かを変えていく面白さ” を、青年は知った。


だからこそ、彼は今、いくつかの危険を犯している。




自分…


そしてー…、




世界を変えるために…






「太陽の昇る街へ行く。 そこは世界で一番美しい、希望の街だ。」

そんな話を、彼は楽しそうに聞いていたー…


「私も行ける?」


青年の渡した地図をスーに見せながら、彼は聞いた。


「あぁ、行ける。」





「私も?」


スーが不安げに聞く。



「もちろんだ。」



小さく微笑むスーは、最初に会った時よりも痩せていた。




青年は、小さな窓を見る。





街を囲む巨大な検問所の上ー…


よく晴れた青い空に、綺麗な白い月が出ていた。









「三人で、行こう。」



































街頭の下で、青年はポケットの小さな二枚の紙を握りしめる。


彼は受け取らなかった。




考える時間が欲しかったのでは無い。

彼はー…

決まっている答えを、言うまでの時間をくれと、言ったのだ…









彼の持っていたものは、それが全てだった。











あと、一枚…



















背後から声がした。



「おい、無事か?」



共に “会議” を抜けた仲間が、待っていた。



「時間まで、まだあるな…。 お別れはすんだのか?」


IDカードを盗むとき、青年はヘマをした。

仕方なく計画を漏らすと、誤魔化すのを手伝った。



それ以外で、話した事などない奴だった。



「はやく他のヤツラと落ち合おうぜ。」



ビクついた顔は、暗い路地に沈み、半分も見えない。



“会議” を抜けたい連中は、声をかければ意外と多く見つかった。

それでも、実際に計画を “実行” したのは数人だった。


信用できないものは置いてきた。


こいつも来るハズではない奴だった。



「俺も、つくづくこんな街から離れたいと思ってたんだ…。 置いていかれなくて良かったよ。」



そいつは、ポケットから紙切れを取り出す。



「そこって本当にコレで行けるんだよなぁ? こんなゴミ溜めよりは、いくらかマシなんだろ?」



青年は、黙ったまま動かなかった。



「なんか、俺、怖くてよ…」


紙切れを持たない手でポケットを探ると、ソイツは小さなカプセルを口に放り込む。


「お前、何個か持ってない? あわてて来たら、こいつのスペア忘れちまって…」



青年は、静かにポケットの奥を探った。





月が雲に隠れていくー…




真っ暗になった路地裏の向こうには、街灯がついていた。



「でも、今日はツイてるぜ…」



ヘラヘラと笑ったそいつの前を…





何かが光って通り過ぎたー…














それだけの奴だった。

























部屋へ戻ると、スーが窓辺で震えながら倒れている。


「スージャ!」

抱き起こそうとする手をスーは拒んだ。


「何やってるの?!」


ベッドから落ちた衝撃で、スーの手は折れているようだった。


「大丈夫だから、もう行って…」



静かに笑うスーの目は虚ろだった。



ベッドの上にカプセルが散らばっている。



「飲むなって言ったのにっ!」



カプセルをかき集めている間に、スーは小さな窓へと這い上がる。



「何やってるの!」



無理やり引きはがそうとして、躊躇した。

突っ張るスーの腕は、力を入れれば折れてしまいそうだった。




一度飲めば、飲み続けないと“恐怖”は消えなくなる…



カプセルを飲まなくなったこの2ケ月で、そんな事が解かりはじめていた。

だから、嫌がるスーからもカプセルを取り上げていたのに…



「どうして、こんなに…」



隠していたカプセルを探したのだろう…

部屋は荒れていた。



「何でこんなこと…」



切り忘れたコールフォンが、床に落ちている。



「僕、置いていかれるんでしょ? だから…もう…」


骨のようにやせ細った身体は、自分では起き上がる事も出来なくなっていたー…



ー…ハズだった。





窓にしがみついたまま、スーは笑った。




「だから…出ようと思ったの…」





スーは笑って…





「だって、もう…」









そして、泣いた。














































「ジジの足枷になりたくない…」





























































私たちは、ほんのちょっとした事で、そこにあるものを見失う…






















































































青年の中には、何もなかった。


蒸し暑い、西陽の通路も…

静かな繰り返しの日常も…

耳障りな仲間の話し声も…


冷たい夜風も…


引き切ったナイフの傷でさえ…





綺麗だと思った…








あの白いの月も…










街頭が揺れていた。







彼は、ただ欲しかった…






握り締めた紙切れは、汗と血で湿っている。






月は、まだ雲に隠れていた。


これなら行けると思った。



袖口で顔を拭い、路地を後にした。




青年は、人通りの少ない暗い路地を選んで歩いた。






電話を探していた。
































何も分からない…




そんな事を、分かってしまった気がする…




時に“愛”は、“憎しみ”と区別がつかなくなり…


希望は、絶望と一緒にやってくる。



どちらかを“選び”続けることが、生きることだとするなら…


“選ばない”ことは死んでいることになるのだろうか。




欲望に“果て”はなくー…



満たされた幸せは、すぐに消えていくー…



あのカプセルの中身のように…





「わたしだって、人間よ…」




汚くて、自分勝手で、目先の幸せが欲しくて堪らなくなるー…


なぜ、月が見えなくなるかも分からない…




「だけど、あんたも人間じゃない! だったら、どうして…」






ヌーガの電話が鳴った。


稼ぎの少ない子供を叱り飛ばした後で、機嫌が悪いまま受話器を取る。

受信相手の言葉に面倒くさそうな顔をしたが、読んでいた雑誌の裏に何かを書き取った。


肩を叩かれ、乱暴に電話を切る。

待っていた男に部屋の番号をつげると、一息ついて、コールフォンに手を伸ばすー…


…が、すぐまた別の男が現れて、対応に戻った。






スージャは人一倍、我慢強い子だった。

母の死に、落ち込む自分を、何度救ってくれたか分からない。


だからこそ、今度は自分がスージャを助ける番だと決めていた。




だからこそ、耐えた。




なのにー…




「どうして、あんたはー…」





バランスが崩れる…






夜風が、スーの髪を窓に吸い込んだー…












































「この、馬鹿!」













































叫んだのは2ケ月振りだった。





痛がるスーを、構わずに窓から引きずり降ろすー…



降ろした反動で自分は仰向けに倒れた…


ヌーガに渡れたカプセルが、二本とも転がっていくー…







48階の窓から、白い月がハッキリと見えた。
















「だって、怖かったんだもの!」




スーも叫んだ。






「ヌーガが言った! ジジは出て行くって! 僕は、置いて…」



「違う!」



「違わないよ、嘘つき! どうせ、僕なんて、足手まといだ! ソレオも、ジジがいいんだ! 僕は…」



スーの腕は、やはり折れていた。





「…一人じゃ、怖くて…怖くて…」



スーは、床にすがる。



「せっかく、二人で過ごせると思ったのに…、なのに…」






「アイツと会ってから、ジジは外の話ばかり…、ソレオが…、ジジをとっちゃう…」



折角、手に入れた幸せをー…



ソレオが、ジジを奪っていく…




怖くて、怖くて、仕方なかった…




ソレオがここに来る度に、ジジが外へ行ってしまう気がして…




「僕が見えるのは…

ここから見える空しかないのにっ!」






スーは、窓を閉めるのを嫌がった。


何度言っても、いう事を聞かない。





いつもそこから、月を探しているようだった。








この子が悪い訳じゃない。


悪いのは、この子にこんな事をした世界なのにー…





なのに、どうしてー…

































































先へ、進もうとしないの?












































「なんで、そんな臆病者になっちゃたの!

どうして、そうやってすぐあきらめるの!

どうせって何?!

あんたが、そうやって立てるなら…」






あんたさえ、しっかりしてくれたなら…






止められなかった。

涙も、口から出て行く言葉もー…









ソレオは言った。




「スーみたいに苦しむ人々を救う為には、この街を出るしかない。

この街は、もうダメだ。

誰もダメな事にすら、気付かない…

だから、行こう!

新しい街を、作る為にー…

スーやジジ、他の苦しむ子たちが、楽しく暮らせる…

新しい世界を作る為に…」












ここから、出よう!












「僕だって変わろうと思ったよ。 何度も、何度も…

でも、ダメだった…」



泣き叫んで、スーはもう一度窓へ手をかける。



ゆっくりと立ち上がったスーを見ていた。


窓から射す月明に、スーの細い身体がくっきりと浮いている。





「ダメなんだ…、もう…」





スーは笑った。







「だから、逝くよ…」









小さな窓から差し込む月が、散らばったカプセルに反射している。

それが星のように見えるのは、自分の目が濡れている所為なのか…



笑いながら泣いたのは、あの時が初めてだった。



やっと手に入れた“小さな幸せ”と、新しく出会った“世界”が嬉しくてー…




なぜだか、笑えた。







こんなに“小さな幸せ”さえ、上手く掴めない自分なのに…






あまりにも大きな世界へ登る、太陽の光を追っていた…














































「そんな風に立てるなら…
























































どうして “そこ” から…
























































出ようとしないの?











































































































スーに手を上げたのは、初めてだったー…



























































呼び止めようとするヌーガを振り切って、明りの消え始めた街へ走る。


警報を鳴らそうとして、ヌーガは警報機から指を戻した。




彼女も年をとっていた。


雑誌の裏に書きとった伝言を一瞥し、雑誌ごとゴミ処理ロボットへ放る。



二人の兄弟の母を、彼女は知っていた…



もう片方のバイタルサインを電光板で確かめると、仕事へ戻る。




そこへ数名の男たちが現れたー…






























行ってしまう…

行ってしまう…

ジジが行ってしまう…



いつも側にいてくれた、ジジが…





叩かれた頬が痛い…






折れた腕が痛い…








それよりも胸の中が、もっとずっと痛かった…







甘えていないといえば、嘘になる…




それでも、自分は精一杯だった。







ジジの愛情を一身に浴びていたくて…







誰よりも、心配していて欲しかった…









分かっていた…








このままでは、ダメだという事も…














でも、怖い…








怖くて、怖くて、怖くて、怖くて…











ベッドまで、手が届かない。

月に照らされたカプセルが揺らいで消えていく…ー






怖かった…




誰かに、助けて欲しかった…








ジジ…


誰もいない。






置いていかないで…








ソレオ…



ごめんなさい…





どうしたらいいか、わからない…




さっきまで満ちていた悲しい気持ちも、ジジへの怒りも…




今はもう…



みんな消えてしまった…






あぁ…






あの窓にすら…








届かない…






























空っぽだった…




真っ暗な空のように…

どこまでも暗く…


















































もう…























































不意に身体が、軽くなった気がした…

















































青年が高層の娯楽施設へ戻ったのは、東の空に太陽が見えはじめた頃だった。


足がつくのを怖れて、電話は使わなかった。


それよりも直接、行って伝えたかった。



スーは自分が背負えばいい。



泥ついた服も、盗んで着替えた。



ぬぐったはずの腕の傷が、まだ湿り気を帯びている。


ポケットの紙は、三枚とも渇いていた。



辺りを確認し、裏口から中へ滑り込もうとした瞬間ー…


裏口は中から開かれる。



ギョッとして空調機の裏へ身を隠した青年の目の前を、数人の男たちがタンカーを担いで通り過ぎる。


いくつかのタンカーが過ぎ去った後、体躯のいい男がタンカーの跡に続いて出てきた。

見たことのない白い制服の男たちは、厳重に固定したタンカーを、次々に車へと積み込んでいく。





青年の息が止まった。






タンカーの一つ…



めくれた毛布から見えたのは、スーの細い腕だった。








「まさか…、そんな…」






ドアの向こうで、管理人のヌーガが声が聞こえる。



「もう一人いるけど、出ていっちまったよ…」



話を聞いている男は、ゾッとする笑顔でうなづいている。



「それは、事件が起る前ですか、後ですか?」



青年は、もう一度タンカーを積んだ車を見る。


車のドアは閉められ、体躯のいい男が運転席へと乗り込んでいた。



「さあ、どうだったかね? そいつらが、あの子の部屋を聞きに来たすぐに、あちこちで悲鳴が上がってたんだから!」


タンカーに積まれた幾人かに、青年は見覚えがあった。

“会議”の仲間だった。


「あの子等の所によく来てた坊やがね、ちょいと何かをやらかして逃げた…ってんで、行き先を聞きに来たんだと。

それが、あんた、あんな事になっちゃって… あたしゃ、最初は火事だと思って…」


興奮しはじめた管理人をなだめ、男は言う。


「では、私たちは“その子”を探して見ましょう。 この惨事を生き延びた、大事な証人かもしれませんからね…」



男の言葉に、ヌーガも何か思い出したようにつぶやいた。


「折角、ココじゃない働き口を見つけてやったのに… これじゃ、何の意味もなかったよ…」



俄かに男の目が光る。



「そこへ向かったという可能性は、ありませんか? 一体、どこの働き口です?」


「あたしが見つけてやったんだ! あの子が知るわけないだろうよ! どこだったか…、メモも捨てちまったし!

それより、あんた、壊した壁は弁償してくれるんだろうね!」



不機嫌に戻った管理人を再びなだめ、数枚の金を握らせる。



「とりあえずの謝礼です。 もちろん、修繕もいたしましょう。

非常に迅速な対応と協力、大変、感謝しておりますよ。

何かあれば、そこのクルーへ遠慮なくおっしゃってください。

しばらくは、ここの警備をさせますから…。」



受け取った金を勘定しながら管理人は、男の目も見ずに答えた。



「あぁ、しっかりとそうしとくれよ! これ以上、ここに厄介を持ち込まないどくれ!

あの子も、今頃、青いコートの坊やとよろしくやってるだろうさ!」



吐き捨てるような言い方にしては、随分と寂しげな目をしていた。



そんな管理人の目も見ずに、男も軽く頭を下げる。



聞けば、同じ事の繰り返しだったのだろう…

踵を返した男は、少しウンザリとしたような顔で車へ向かった。



「青いコート…」



待っていた車に乗り込んだ男は、出てきた裏口を振り返る。



青年の姿はそこには無かった。
















何かがあった…


でも、ジジは生きている…



ソレオは約束の場所へ急いだ。




事情はよく分からなかったが、自分を追ってきた “会議” の仲間に、昨夜、何かがあったのだ。


スーが犠牲になった。


“会議” の仲間も、何人か死んだのだ。


でも、ジジは逃げた。





なら、きっと来る。







約束の時間は迫っていた。


























私たちは、ほんのちょっとした事で、そこにあるものを見失う…



「見えないものを信じ続けることは、怖い…」

確かにそれは、そこにあるのにー…







街を歩くのは久しぶりだった。


本当に、幼い頃、母に手を引かれ歩いたような気がした。



母の中にはスーがいた。


貧しいモノは子を産まず、富裕層は機械の中で全てを処理している。


もの目ずらしそうな通りすがりの人の目をなんとなく覚えていた。


今過ぎていく視線より、ずっと優しい目だった。



「本当に、こんなところにスーはいるの?」


母の大きくて温かいお腹の中には、小さな自分と同じ心臓の音が聞こえた。





スーの頬を叩いた手が、同じように熱い。





「ジジだって、ここにいたんだよ。」


笑う母の声が、スーの声に聞こえた。



いや、違う…


スーが、母に似ているのだ…。





額に当たる日差しが、正午間近を告げていた。





「大丈夫…」





カプセルと栄養剤しか与えられない報酬の中ー…

仕事の合間に、客と内緒で取引をした金が、少し貯まっている。


2ケ月前までは、使い方もよく知らなかった。




青年から教わった印の店へ入る。



言われた通り伝えれば、何も言われずに買う事が出来た。



旧式の救護ロボットは、貯金で足りた。


スーの腕は治療出来るだろう。



いくつか興味深い品物を眺めながら、時計が正午を告げる音を聞く。



約束の場所までは少し距離がある。


この街のあちこちを、窓の中から見て知っていた。



夜明けの街を歩きながら、見るのと実際に歩くのでは、ずいぶんかかる時間が違うとわかった。




それでもきっと間に合うと思ったー…






















待っていた数人の仲間と落ち合って、青年は汽車のホームを見渡す。




行きかう人々の中ー…





探していたー…





殴られた日の事を、今もよく覚えている。




蒸し暑い、西陽の射す通路ー…



真っ白く掻き消えた意識の中ー…



眩しい光の中で、強い瞳が焼きついたー…


揺れた細い髪の毛がー…



耳に響いた、強い言葉がー…

















「お前と同じ、人間だ。」















俺たちは…






同じ…







人間だー…








































なぜだか、ひどく嬉しかった…



































汽笛が鳴る。


出発の時間が来ていた。




人に押されながら、タラップへ片足を乗せる。



行きかう人々の中ー…





列車はゆっくりと動き始める…




もう片足を乗せ、タラップは上げられたー…





列車はゆっくりと速度を上げるー…







探していたー…








よく晴れた午後だった。








行きかう人々が遠ざかっていくー…






列車が滑るように、街の上を走り出すー…







この街の終わりに向かってー…。





いつみても変わらない白いタイルとー…

ゴミゴミとした人の行きかう通り…

薄暗い路地でうつむく人たちもー…


みんな、みんな白い太陽の中に溶けていた。




汚い街だった。


貧富の差は、生まれた時から決まっていて…

与えられるものは、平等ではない。


どんなに真面目に尽くしても、そのルールが変わることは無く…


その事に気付いたモノは、気付かなかったふりをして黙っていた。


正しさを叫べば叩かれ、間違ったことは、隠されて笑われた。



そんな街で、見つけた自分と同じ人間だった。



買ったわけでも、買われたわけでもない…



ただ “共にいたい” と思った。


互いに互いが “必要” だった。






だからこそ、一人では来ないとわかった。



だからこそ、共に行きたかった。




彼はスーを連れて来ると思った。


だからこそ、自分は出来る事をした。


しかし、スーは死んだ。



あの日、何かがあった。



でも、彼は生きているー…。



スーのいない街に、彼が留まる理由はない。


彼なら、きっと間に合うと思った。



だから、待った。



彼なら、きっとー…



















併走するハイウェイは、背の低い電波塔を避けるように左へ曲がった。

もうすぐ列車は、街を抜けるトンネルに入る。





青年は、もう一度、街を見た。





そして見つけたー…




眩しい太陽が照らすビルの合間にー…



真っ白な光が、手を振っていた。





ハイウェイの切れた電波塔の欄干の上ー…




はじめて会った時と同じー…


眩しい光の中で、焼きついた強い瞳がー…


揺れた細い髪の毛がー…



高く掲げた拳からー…


キラキラと風に乗り、街の上を列車のように滑っていた。




美しいと思った。



いつか見た、青空に浮かぶ、あの月のようにー…





愛と呼ぶには清潔でー…


友と呼ぶには深すぎる…




これをなんと呼べばいいのか、青年は知らない。








だから、泣いた。








腕の傷が、今は痛んだ。






変えられると思ったー…




少しくらい暗くても、怖くなどなかったのは…


真っ暗な夜に迷いかけた足元を、月が向かう先へと照らしてくれたからだった。



真っ暗なこの街の上には、いつも月がいてくれた。



もしかすると、この街は、まだそう悪くないのかもしれない。


いつみても変わらない白いタイルとー…

ゴミゴミとした人の行きかう通り…

薄暗い路地でうつむく人たちもー…






きっと、変えたいのは “世界” じゃなかったー…






列車はトンネルへと落ちる。



向かうのは、ここよりも美しい “太陽の昇る街” だった。



ポケットでかたまる数枚の紙キレが、今の自分には多すぎたー…




車窓に映る景色は、真っ暗でー…



こんなにも暗いのにー…










今はもう、月が見えないー…















髪を切ることは、自分を安くすることだと教わっていた。


その理由を聞いたことは、なかった。



その訳を教えてくれたアイツは世界を変えると言った。



許可など得なくとも、ヌーガは警報を鳴らしたことは無い。


使われていない部屋を掃除もしない、ぐうたらで口のうるさい管理人だ。



外へ行こうと思えば、いくらでも出て行けた。


それをしないでいたのは、自分なのだ。





分からなかったことが、分かった気がした…





スーは、自分の力で立ち上がり腕の骨を折った。


“変わりたい” と言って泣いたー…










もう少ししたら…








きっと走れる…

















白い列車は、風と共に街を抜けた。




自らが変わろうとするのなら…



世界はいくらでも変えられる。




私は、私のやり方でー…



いつか、きっと太陽の昇る街へ行くー…





それまでは…











あの月を、太陽(きみ)と思うー…























よく晴れた青空だった。



街を囲む巨大な検問所の上に、月が出ていた。




真っ白な上弦の、美しい月だった…


















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